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【山岳遭難体験記】誰もいない雨の標高2,500mでメンバーが低体温症になった話

自分はこれまで100回以上、山に登っています。
その中では、当然危ない経験をしたことも何回かあります。
今回は、自分たち以外は誰もいない標高2,500mの山頂直下で低体温症になった経験と、そこから学べることについて記事にします。

経緯

残雪期の甲武信ケ岳へ登山を計画。しかし天気は悪天予報。

時は2017年4月上旬。
この週末、登山にいくことになっていた。しかし天気予報はあいにくの雨。

前日まで登山にいくべきか、悩んだ。結局、リーダーは「最も雨の影響を受けにくい甲武信ケ岳に行く」という判断をした。理由は「小雨でしかも大部分が樹林帯なので、そこまで雨の影響を受けない」「風は強くない」からである。

甲武信ケ岳はコースタイム11時間で、標高が2,475mもあるそれなりに厳しい山岳である。

自分は車を出すという役割上、断ることができなかった。
ただし、自分が車を出す役割を担っていなかったとしても、おそらく断ることはなかったと思う。
この年、自分は週末には他の予定を断り必ず山の予定を入れるほど、山に没頭していたからだ。

メンバーは以下の5人。
いずれも雪山経験があり、尚且つ体力には問題のない5人である。

  • リーダー…30歳半ば女性。雪山テント泊常連者。難関ルートとして知られる厳冬期の甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根にも登っている。
  • 自分…30歳前半の男性。雪山2年生。この年は、後にコースタイム14時間の谷川岳主脈に日帰りで行くなど、この年が体力の最盛期だった。
  • 女性A…アラフォー。リーダーが厳冬期の黒戸尾根で知り合った。
  • 女性B…アラフォー。女性Aの知り合い。健脚。腰痛持ちで、登山にもやや支障が出始めている
  • 男性A…アラフォー。女性Aの知り合い。健脚。

この中の1人が、後に自分たち以外誰も居ない山頂直下で低体温症に陥ることになる。

今回の登山メンバー。健脚ぞろいのつわものである。


登山開始

「残雪期」「小雨」「長丁場」「標高2,400m」という厳しい条件で登山をするため、メンバーは全員以下の前準備を行った。

  • 万一の日没に備えてヘッデンを持つ
  • 体を温められるように、ガスを持っていく
  • 4月の2,500mは寒いため、ベースウェアにはフリースを着用する
  • 当然、登山用レインウェアを着用する

この準備が、後に命を救うことになる。

日の出直後の5時半に登山を開始する。最初は曇りだったが、徐々に小雨が降ってきたので、レインウェアを着用する。

登山道は基本的には樹林帯の中にあるが、ところどころ木が切れている部分があり、そこではもろに雨を受ける。動き続けていないと、寒い。

4月の2,500m峰は、残雪が豊富である。
甲武信ケ岳の登山道ではずっと樹林帯が続く。


たまに登山道上部に木が掛かっていない箇所もあり、ここではモロに雨を受ける。


標高を上げるにつれ、腰痛持ちの女性Bのペースがやや遅れ始める。
男性Aが女性Bにペースを合わせ、3人と2人に分かれる感じで登っていく。
男性Aは周りをフォローできる余裕があり、とても頼もしい。

もちろんグループは完全に分かれるわけではなく、先行のグループがときどき後のグループを待つことで、完全には分断しないようにする。

上りはじめて4時間半。11時前には山頂直下の甲武信小屋に到着した。
残雪期にもかかわらずコースタイムよりも早く登れている。さすがの健脚揃いである。
甲武信小屋の外に備え付けられた温度計は4℃を示している。どうりで寒いはずである。

甲武信小屋は営業しておらず、扉には木板が打ち付けられており中に入ることはできない。
甲武信小屋の前には屋根のついたところがあったため、そこで雨を避けて昼ご飯を食べることにした。

体調急変

休憩を取り始めて数分後、男性Aがその場に座り始めた。
すぐに男性Aは「寒い..」と言って震えだした。
低体温症の初期症状である。

さっきまであんなに頼りがいがあって元気だったのに。よりによってこんな誰もいないところで。

前述のとおり小屋は営業しておらず、避難小屋も無い。
しかも天気が悪いこともあり他の登山者は皆無である。

救助を呼ぶか、自分たちだけでなんとかするしかない。

メンバーがガス缶を近くで燃やし、銀マットを被せる。
お湯を薦めるが「飲めない」と言うので、メンバーが男性Aの体をさすって温める。
女性たちにさすられる男性A。地上だったらうらやましい光景だが、この状況では全くうらやましくはない。

しかし、5分経っても症状は回復しない。それどころか男性Aの症状は見るからに悪化し始めた。男性Aは「寒いよ~…暗いよ~…」と子供のように唸りはじめた。大の大人が、である。(遭難に大人も子供も関係は無い)

手も内側に曲がり始めたように見える。

甲武信小屋に設置してあった温度計は4℃を示していた。


九死に一生を得る

男性Aが不調を訴えてから10分後くらいだろうか。

体調が徐々に戻ってきた。
目も見えるようになり、お湯も飲めるようになった。
さらに数分後、男性Aは完全復活した。明瞭にしゃべれるようになり、自分の足で問題なく歩けている。

結局、残り30分の距離にある甲武信ケ岳山頂への登頂は諦め、下山することとした。下山では特に体調がおかしくなることもなく、ほぼコースタイム通りで無事に下山することができた。

下山後、登山口にて撮影。
無事に降りられることができた。


振り返り

自分なりに今回の低体温症に陥った原因と、そこから学べることを考察します。

低体温症の原因

男性Aが低体温症に陥った根本原因は以下の3つだと考えます。

「4月の標高2,500mは気温が低かった」
「雨で体力を奪われた」
「他の人に合わせるためペースを落としていた」

これらに加え、男性Aは過去にも富士山で同様の症状を体験していたらしく、体質的に「高所と冷たい場所に弱い」という体質だったことも影響していたようです。

助かった要因

ガス缶を持っていたのがよかったです。

暖を取るだけだったらサーモレスに入れたお湯を持っていくだけでもよかったし、もっと言うと、軽量化を優先させてお湯やガス缶を置いていくことだってできたわけです。

もしもガス缶が無かったらと思うとゾッとします。今回、男性Aはお湯を飲むこともままならなかったわけで、「お湯はガス缶の代わりにはならない」状況でした。

断る勇気を持つ事も必要

「リーダーが行く」と言っても、体調・天候等に不安があれば遠慮なく「自分だけは登山をやめておく」と決断をすることも必要です。仮に自分が車を出すことになっていたとしても、です。
低体温症で死んでしまっても、リーダーが残った家族を保証してくれるわけではないのですから。

ただし、リーダーを批判するつもりはありません。ガス缶を持ってくるというのはリーダーの指示だったわけで、頼りになるリーダーです。

人のペースに合わせるときは、普段よりも防寒策をしっかりと。

人のペースに合わせることで、自分の普段のペースよりも遅く歩く場合には、体温が下がりやすいです。
「いつもより厚着をする」「定期的に熱い飲み物を飲む」などの予防が必要です。
山岳ガイドは、お客さんのペースに合わせて歩くと体温が下がってしまうため、厚着をするという話も聞いたことがあります。
ただし今回は男性Aもフリースを着るなどの防寒策を講じていました。体質によっては、これでも防寒が足りないということなのでしょう。



今回の記事は以上になります。

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